妄想老人日記

連載第49回:Twitterよもやま
ヘリベ マルヲ のプロフィール写真書いた人:ヘリベ マルヲ
2017.
02.23Thu

Twitterよもやま

Twitterを使っています。本や音楽を好むひとたちをフォローして、彼らの言葉に共感したり、感心させられたりして愉しんでいます。脳科学者の言葉と称するものがリツイートされてきました。「本当に創造性を育む教育をしたいのだったら、『先生を疑え、教科書を疑え』って教えなければならない」とのこと。実際にそのような教育をすると子どもは混乱し、創造性どころか最低限の社会性すら身につけられず、不幸な大人に育ちます。本当に創造性を育む教育をしたいのだったら、まずは最低限、ほかの子どもと同じ能力を身につけさせることです。そのためには他人と同じことをさせてあげなければいけません。その上で、金と常識の許すかぎり、やりたがることを自由にさせてあげることです。

脳の発育で思い出しました。80年代にはテレビゲームで遊ぶと脳にダメージがあるとか、学力が低下するなどといわれました。追跡調査は行われたのでしょうか。体感的にはゲームに親しんだ子どもほど成人してから社会的に成功した印象があります。むしろ現代社会ではゲームでつちかった能力が要求されるように思います。悪影響がある、と仮説を立てたのであれば、利用頻度ごとにグループ分けして継続的に統計をとる必要があったはず。ゲームについてはすでに数十年の蓄積があるはずです。当時の批判者たちは追跡調査を行ったのでしょうか。そもそも、その場かぎりの調査でさえまともに行われたのか怪しいと思います。

「だれもが当然としていること」を知らずに育つと苦労します。特にこの国の社会では他人との違いが多いほど生きづらくなります。「クラスで流行っている」といった実際にはローカルな事象と、社会全体の傾向とは区別する必要がありますが、基本的には、もしも多くの子どもがスマートフォンを使う時代であるならば、経済的事情さえ許せば従ったほうがいいでしょう。大人は自分の判断に責任を負えますが子どもはそうはいきません。経済的な事情であれば問題ありませんが(そういった子どもは数多くいるので汎用性が損なわれることはない)、大人の信条によって子どもの人生が左右されるのは好ましくないと思います。偏った考えを押しつけられて育った子どもの多くは、その後の人生で生きづらさを抱えることになります。まぁ、何が一時的な流行で、何が社会的な常識であったのかは、歳月を経た結果でしかわからないのですが……。いずれにせよ、先生や教科書を疑うのは成人し、判断や選択に責任をとれるようになってからでいいと思います。

Twitterではまた、幼児向けと思われるアニメも話題になっていました。肯定的なバズワードをたびたび目にし、愉しそうに感じて調べたところ、意思疎通の断絶めいたものを感じて考え込んでしまいました。なぜ成人女性の体型に幼児の顔やぬいぐるみのような衣裳(幼児的でありながら乳房や腰のくびれは誇張する)を着せて、子どものような言葉をしゃべらせるんだろう。どうして男の子じゃないんだろう。何よりそうしたコンテンツを女性たちも喜んでいる。五、六年前に若いひとたちとカラオケに行って、人気アイドルグループのPVを見たときにも似たことを感じました。あらゆる要素がポルノグラフィーに異様なほど寄せてあるんです。現代の子どもたちは性的に搾取されることを「かわいい」と教わって育つのか、と驚きました。それが女の子の価値だと。

地下鉄の構内におかしなポスターが貼ってあったのを思い出しました。アニメ風のイラストで、駅員さんの格好をした女の子なのですが、やはり成人女性のからだに子どもの顔が乗っている。なんとか娘、と商品名のようなものが書かれています。もし仮に、なんとか息子という商品名で、股間を誇張した成人男性に子どもの顔をつけた駅員さんのイラストがあったら、すごく変だと思うんですよね……。そういうのは見かけたことがない。なんで女の子だけがそのように扱われるのか、理解に苦しみます。この文章を書くために調べたら、わたしが見たのはまだマシな部類でした。誤って掲示が許可されたとしか思えないものがあり、さすがに顰蹙を買ったようです。性的な視線によって誇張された身体に、色情狂の表情をした子どもの顔が乗ったイラストでした。これを公共の場に掲げるのは、個人的には、常軌を逸していると思います。

判断力のある成人女性が自分の意思で、ポルノグラフィーに起源をもつファッションを愉しむのは自由です。異性の視線や力関係とはかかわりなく、自分の身体を使って自分が愉しむためにやっている。尊重されるべき権利です。それを異性との関係性にもとづく文脈で理解する(媚と見なす)のは、そのひとを否定し、貶めることにほかなりません。しかしながら子どもにそういう格好をさせ、媚びるのがよいことだと教えるのは……いや、ファッションの問題じゃないな。なんていえばいいのか、判断力に乏しく力の弱い子どもであることを求めつつ、それと同時に、性的に搾取される対象であることこそが、女の子の価値であるかのように社会全体が教えているように感じるんです。それが常識であり、あるひとの言葉を借りるなら「ニーズ」であり、抗えば「嗤われ淘汰される」と。それが薄気味悪い。

アニメやアイドルのような子ども向け商品が、大人に搾取されることが女の子の価値であるかのような考えでつくられ、そのような価値観を子どもたちに刷り込んでいるのだとしたら。それはポルノ動画への出演強制と根はひとつのように思えます。リツイートされてくるたわいのない話題を、いちいち真剣に受け止めるのも愚かしいでしょうし、せっかくみんなが愉しんでいるのに、このようなことを考えるのはいけないことなのだろうな、とも思うのですが……あるいはそのような感じ方のすべては、狂信的な両親によって偏った教育を施され、「ニーズ」という名の社会性をついぞ身につけられなかった老人の、哀れなたわ言にすぎないのかもしれません。タイムラインはさまざまなことをわたしに教えてくれます。

女の子が性的に搾取されてバズる話です。あるいはそのように装って搾取する話かも。


ヘリベ マルヲ のプロフィール写真

ヘリベ マルヲ

(へりべ まるを、1975年6月18日 - )作家。略称、ヘリマル。独立系出版レーベル「人格OverDrive」から代表作『悪魔とドライヴ』をはじめとする魔術的な作品群を刊行。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにてウェブディレクター・佐々木大輔氏から「注目の『セルフパブリッシング狂』10人」に選ばれた。