妄想老人日記

連載第35回:その店にしかない言葉
ヘリベ マルヲ のプロフィール写真書いた人:ヘリベ マルヲ
2017.
03.25Sat

その店にしかない言葉

道徳教科書の検定について記事が出ていました。高齢者に感謝しなければならないとして「おじさん」を「おじいさん」に、「『我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ』という点が足りない」としてパン屋を和菓子屋に、アスレチックの遊具を和楽器に修正させられたといいます。「郷土の文化と生活」においてパン屋の価値が和菓子屋よりも、アスレチックを和楽器よりも劣るものと規定し、若年者にはそれがいかなる人物であろうと高齢者に感謝せよと強制する。それをこの国の道徳として定め、子どもたちに強いるのであれば、それは国家によるモラルハラスメントであり、場合によっては心理的な虐待にもなりかねません。パン屋の子どもは和菓子屋の子どもよりも劣る立場と見なされかねませんし、近年増加した高齢者による暴力犯罪のような理不尽を、若年者は甘んじて受け入れねばならないことにすらなりかねません。

われわれはひとりひとり異なる個人です。生きて生活する以上それぞれの事情があります。その多様性を恥ずべき「誤った」もの、排除されるべきものとする論理がこの国ではまかり通っています。あるひとの言葉を借りればそれが「ニーズ」であり、従わないものは「淘汰」されてしかるべきなのだそうです。いまわたしが書いているこのような文章はいずれ取り締まられるかもしれません。「道徳」による個人への暴力が正義とされる時代に、何を書いて出版し読むことができるのでしょうか。それぞれの事情に寄りそう言葉を、だれもが自由に得られるよう出版したい。当レーベルが独立系という手段を選択したのはそのためです。今後は機能を少しずつ出版社に近づけていく予定です。さしあたりISBNとJANを取得する手続を進めています。認可されれば独自のレーベル名で印刷版を出版できます。電子版にはISBNがなくても流通の制約は生じません。あえて取得するならストアごとに別のISBNが必要となります。知るかぎり日本の出版社は電子版にISBNを付与しません。

ISBN(とJAN)がなくてもAmazonなどで販売することは可能です。ただし流通に制限が生じますし電子版に紐付けられません。CreateSpaceで割り振られる無料のISBNを利用すれば、出版社名がCreateSpaceになり洋書扱いになります。CreateSpaceは日本語に対応していないためPDFの版下を逆順にしなければなりませんし、表表紙にはバーコードが印刷され、背表紙が商品画像として表示され、Look insideには結末が表示されます。CreateSpaceで制作すればKDPと異なり、商品と著者の紹介を区別して表示できますが、記載した英文は紐付けた電子版にも表示されるためチグハグな印象が生じます。さらに海外の受注生産であるため入荷未定と表示され、国内では売れ行きが見込めません。PODの代行業者を使えばそれらの問題は解消しますが、あいだに業者を挟めばそれだけ作品に対するコントロールが損なわれます。多ストア展開の経験から、読者とのあいだに挟む業者はひとつに絞るのが理想だと考えます。そしてその業者は集客力があり、購入への障壁が低く、著者・出版者の手間が最小限で済むストアでなければなりません。

オンデマンドのみBCCKSのような業者に発注することも考えました。その場合は大別してふたつの方法があります。Amazon経由で受注し、外部業者に発注して、届いた商品を手作業で梱包し送付するのがひとつ。次にあらかじめ在庫を確保してAmazonに託す方法です。いずれも手間、時間、コスト、リスクの面で実現性に乏しく思えます。著者でもある個人が生活の傍らで行うには手には余ります。そもそも、そこまでして売りたい本があるのか。目の前に人生であと一冊しか読めないひとがいて、選ぶ責任があれば自著は候補に入れません。しかし家内制手工業のような単純にして最小のスケール感で出版社と書店をやれたら、すでに述べたように「道徳」や「ニーズ」の制約から逃れて、読書の自由や豊かさが確保できるはずです。変なレコードばかり揃えた中古盤屋が、独自レーベルで聞いたことのないバンドのカセットテープを扱っていたら、わたしは買います。そこでしか聴けない音楽だからです。それはわたしのための音楽かもしれません。そういう出版をやりたいのです。


ヘリベ マルヲ のプロフィール写真

ヘリベ マルヲ

(へりべ まるを、1975年6月18日 - )作家。略称、ヘリマル。独立系出版レーベル「人格OverDrive」から代表作『悪魔とドライヴ』をはじめとする魔術的な作品群を刊行。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにてウェブディレクター・佐々木大輔氏から「注目の『セルフパブリッシング狂』10人」に選ばれた。