妄想老人日記

連載第49回:不適切な痛み
ヘリベ マルヲ のプロフィール写真書いた人:ヘリベ マルヲ
2017.
02.08Wed

不適切な痛み

たとえそれぞれが疎外された男女であっても、恋愛が最小構成単位の対人関係である以上、社会的能力が裁かれる場になるのは避けられないので、よく考えたらそんな話は書きたくないのでした。社会的能力に障害があっても人間としての尊厳を損なわずに生きていく方法があればいいのに、と思うので、どちらかといえばそういう話を書きたいです。結局新作はあきらめて『ガラスの泡』に手を入れることにしました。書き上げてから嫌悪感で一度も読み返さず、推敲さえしなかった本です。先日読んでみたら案外それほどひどくなかったので救うことに決めました。

このところ通勤中にはiPhoneで開高健を読み、自宅ではKindle端末で獅子文六を読んでいます。『てんやわんや』を読み終えました。自分自身の主になる、とはいかなることか。理想主義を叫ぶ者、政治や商売に野心を抱く者。世の価値観が一変したことで、登場人物はだれもが「自分自身の主」になろうとして迷います。一発の銃声ではじまった物語は大地震で幕を閉じます。失恋と大地震のショックでわれに返った主人公が、最後に選んだ答えは、うわついた夢に惑わされず、地に足をつけて暮らすことでした。原爆も強盗のピストルも等しく人生へのテロだという視点、世相に惑わされてうわついた夢を見る愚かしさ(政治や商売や宗教で一山当てようとしたり、非現実的な女性を追い求めたり)、「自分自身の主」という概念。当時の読者をただ愉しませるためだけに書かれたであろう言葉に、意外に含蓄があります。ひとを見て描き読者を愉しませるのが案外、文学の本道かもしれません。

次に何を読もうか迷っています。現代の日本の作家にはまったく関心が持てません。どれもこれも漫画の絵が表紙で、もしこの世からその作家が消失しても別の誰かが書きそうな、読んでも読まなくても別にどうでもいい本ばかりにしか思えません。もちろんそうでない作家もいるのでしょうけれど……。そのような本ばかりになってしまったのは出版社が読者を育てる努力を怠ったからだと思います。売れ行きの予測できる本しか出版できないせいもあるかもしれません。いずれにせよ共感できる本はあまり売られていないので(あるジャーナリストの言葉を借りれば「嗤われ淘汰され」てしまったのでしょう)、古いものを掘り返すか自分で書くしかありません。

安易な共感を要求する本にはかえって共感できないのです。ハメットやチャンドラーの文体に痛切な共感を憶えるのはそうした理屈です。ハードボイルドは自分語りの小説だと誤解されている方が多いですが、少なくとも彼らはそうではない。紋切り型の共感を排除した、いわゆる「わかりにくい」文体です。サム・スペードは自分語りをしないために冷酷だと誤解されるし、『長いお別れ』は親友の自分語りをやめさせたことから起きる事件です。あの世代は自分語りをみっともない甘えと見なすのでしょう。

彼らの探偵、特にマーロウは推理しません。その代わりに要約します。いきあたりばったりに行動して、その行動を第三者に要約して聞かせる。というかそれを口実として読者に行動を説明してみせます。自分語りを抑制するとそうならざるを得ないのです。サム・スペードはその要約すらしません。ただ行動だけを見せて筋を通そうとします。だから彼を愛していたはずの女からさえ理解されず蔑まれます。そして対人操作を拒否した彼よりも、殺人者のほうがあたかも人間的であるかのように同情されます。偽りの「わかりやすい」自分語りをだれもが信じるからです。

わかりあえなくても、社会的に不適切でもいい。口当たりのいい偽りよりも切実な痛みを。そのために読み、書きたいです。


ヘリベ マルヲ のプロフィール写真

ヘリベ マルヲ

(へりべ まるを、1975年6月18日 - )作家。略称、ヘリマル。独立系出版レーベル「人格OverDrive」から代表作『悪魔とドライヴ』をはじめとする魔術的な作品群を刊行。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにてウェブディレクター・佐々木大輔氏から「注目の『セルフパブリッシング狂』10人」に選ばれた。