疎外された恋のはなし

2017/2/5

妄想老人日記

疎外された
恋のはなし


去年は鬱で一年を無駄にしてしまったので、今年の後半は何か書くつもりでいます。恋愛小説の技術を身につけたいのですが、若く美しい男女の話に興味はありません。社会から疎外された男女について書きたいと考えています。しかし年齢を大人に設定すると、通常はそれなりの金や地位のある世慣れた男女の、いわゆる「大人の恋」のようになるのが普通でしょうし、そんなものは読みたくない。登場人物はあくまで社会から疎外されて孤独でいなければなりません。かといってあまり愚直にそれをやると読むのがつらくなります。

ちょっといま考えているのはこんな話です。幼い姉妹が公園で遊んでいる。姉が妹を滑り台から突き飛ばす。通常なら滑り落ちるだけの軽い悪戯のはずだった。ところが妹はいつものようには滑り落ちない。縄跳びの縄が手摺にひっかかり宙づりのようになって窒息する。幼い姉は動けなくなる。偶然通りかかった高校生が蘇生を試みる。きみのせいじゃない、と幼い姉にいう。その言葉が記憶に刻まれる。大人たちが彼らを見て騒ぐ。通報される。妹は助からない。そればかりか高校生は幼女を暴行したと誤解される。姉が証言しないので妹の死は高校生の暴力によるものとされる。事件がふたりの人生をまるで違ったものにする。姉は罪の意識を抱えて育つ。進学校の優等生だった高校生は、幼児性愛の殺人者とされてその後の人生を生きる。数十年後にふたりは再会する。かかわることが否応なしに、互いの損なわれた人生や、その原因となった死と向き合うことになる。その先は考えていません。

それとは別に、不安定な生活をしながらずるずると老いてしまった男女の話を書きたいような気もします。正しいとされる人生を生きられるひとなんてごく一握りだと思います。そういうリアリティのない恋愛を読まされてもピンとこないので。正しい人生を生きる若く美しい男女ではなく、どこにいて何をしてもどうにも認められないような種類の老いた男女が、社会的にはなんの価値もない、だれにも理解されない気持を通い合わせるほうが、なんとなく現実味があるような気がします。そもそもひとがだれかを大切に思うことそのものが美しい嘘です。それを信じられる絵空事を生きられるのは小説だけです。少なくともわたしや、もしかしたらあなたにとっても。

何を書くことになるかまだわかりません。いずれにせよその物語は淘汰される側のひとの営みを扱うことになるでしょう。


ヘリベマルヲ

略称、ヘリマル。出版レーベル「人格OverDrive」から代表作『悪魔とドライヴ』をはじめとする8冊の小説を刊行。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにてウェブディレクター・佐々木大輔氏から「注目の『セルフパブリッシング狂』10人」に選ばれた。

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