おっさんアイドル

2017/1/18

妄想老人日記

おっさんアイドル


作家の写真は必要か、という話題がタイムラインに流れてきました。個人的には作家の写真や映像は大好きです。文章は息継ぎとか力の入れ方とか、身体的な要素が大きいので、書いた生身の人間と切り離せないものに思えます。なので作品を生み出した身体を見ることができると嬉しいのです。肉声もいいですね。作家の朗読PVみたいなものが日常的に見られる世の中になってほしいです。

ブコウスキーが実家で、子ども時代に虐待されていた場所に立って、目を細めて当時を懐かしむ映像にはぐっとくるものがありました。そういうのがいいんです。作品と作家を混同する読み方には反対ですが、それはそれ、これはこれです。書いている場面なら最高ですが、書いていないときでも作家は無意識にせよ自覚的であるにせよ脳みそでは仕事をしているものなので、ただ生きてそこにいるだけでもやはり魅力を感じます。音楽が好きなひとはPVで演奏者の手元をアップで映してほしいものでしょう。似たようなものです。

タレントが書いた本くらいしか売れない世の中ですが、逆に作家がもっとテレビに出て野坂昭如さんや中島らもさんのように歌ったり、筒井康隆さんのようにクラリネット吹いたりしてもいいんじゃないでしょうか。極端な話、泥酔した姿を公共の電波で晒すだけでもいい。タレントじゃないんだから無理におもしろいこと言ったり芸をしたりしなくていいのです。ただ書いてるところや書けないところを延々撮ったアンディ・ウォーホルの映画みたいなやつでもいいし、喰えないと愚痴る飲み会の中継でもいい。

どうせ作家なら見目麗しい美人ではなく醜い中年が望ましいです。お布施として本も買いますし朗読会にも赴きます。黄色い声援ならぬ野太い罵声も浴びせましょう。ブコウスキーとか、小説は一作しか書いていませんがセルジュ・ゲンスブールとか、あんな感じの「おっさん」をアイドルとして消費したい。昨年亡くなったレナード・コーエンはアイドルとしては落第ですね、スーツや帽子を颯爽と着こなす老人はかっこよすぎる。ルー・リードは偏屈だからOK。偏屈で小汚いおっさんがよいのです。トム・ウェイツは若いときから「かっこいいおじさん」をめざしていた節があるのでだめ。イギー・ポップは……老いてなお江頭な芸風がかっこよくて大好きだけれども何か違う。最近だとアントン・ニューコムがいい感じ。ヴェトナムの密林で途方に暮れる開高健さんなんて最高ですね。

自分が老いて感じたのは加齢はひとを変えないということでした。魂はそのままで器が劣化するばかり。挫折はひとをだめにするし、ずるい人間はひとや社会を欺く力に磨きをかけるけれども、いくら歳を重ねたところで、落ち着きや深みや知恵や洞察力を身につけることはない。若い女性がアイドルとして消費されるのは生殖の搾取対象になり得るからです。そんなものは老いた人間にはどうでもよい。そのような力関係の場からはあらかじめ永久に疎外されています。中年男はただおっさんであり、老人はただ老いぼれです。なんら肯定的な要素がない。しかし老いて醜ければ醜いほど、それでもしぶとく、ふてぶてしく生きる姿には勇気づけられるものがあります。社会的によしとされるありようから遠く離れても、それでも堂々と誇らしく立っている(あるいは杖や歩行器や車椅子に頼ったり寝たきりだったりする)。そういう人間の生き様を見たいのです。

作家という存在自体がエンターテインメントだと思うんですよ。投獄されても書きますからね彼らは。トイレットペイパーに書いて看守に見つかりそうになったら流してまた最初から書き直しますから。銃を突きつけられて書くなといわれても書きますからね。そういうひとたちが生きて動く姿を見たい。あわよくば不遜な台詞を吐くのを聞きたい。世渡りなんぞ糞くらえ、どうせあとわずかの命とばかり、自分自身であってなお恥じぬ姿を見たい。醜い人間でもふてぶてしく生きてよいのだ、と憧れの偶像に証明してほしいのです。生殖の夢や希望をうたう美少女なんかより、ずっと勇気づけられる気がしませんか?

最後に、このサイトを立ち上げた当時に書いた「おっさんアイドル」なる文章を再掲します。

おっさんアイドル、という新ジャンル商品を提案したい。もう歳だからうたったり踊ったりはできない。加齢臭と安ウィスキーと両切りたばこの煙を発散し、仏頂面でカウンターにくすぶるだけだ。だれにも寄りつかれないようにときおりセクハラまがいの冗談を胴間声でわめいて女たちを遠ざける。かれの人生に恋愛はない。もちろん家族団欒も友情も存在しない。おっさんアイドルは徹底的にいけてない。ぶっちゃけ醜い。「ちょい悪」なんてスタイリッシュな存在とは対極に位置する。くどいようだが恋人はおろか家族も友人もない。偏屈だから当然だ。したがってスキャンダルもない。ピュアだ。加齢臭がピュアと呼べるなら、の話だが。下手すると仕事もない。独身男性者向けの生活用品や嗜好品の広告にでて生活している。何にも関心がなくて人生にうんざりしている。だれからも愛されないしひとかけらの誇りもない。暴力をきらうが平和主義などではけっしてなく単に腕力が弱いだけだ。たいていのものはめんどくさいからきらいだが憎むのもめんどくさい。かれが何かを愛してるかどうかはだれも知らない。そんなキャラ設定だがだれもかれの人間性なんかに関心もたないし本人も期待してない。たださっさとこの番組おわってくんねぇかなぁ、という顔でめんどくさそうに喫煙か飲酒かその両方をしている。かといってショウが終わったところでかれにやることはない。やっぱしカウンターでくすぶるだけだ。ある日その醜いおっさんアイドルは合成であったことが判明する。ほぅほぅ、スキャンダルだよ! マーサーの荒野はかきわりで、石つぶては発泡スチロールだった。よかった、汚いおっさんはいなかったんだ。視聴者は安堵してチャンネルを替える。そして自然ドキュメンタリー番組でライオンの交尾を見る。

まぁ現実にアル中と暮らしたら「いいんだぜ」とはいえませんけれどもね。


ヘリベマルヲ

略称、ヘリマル。出版レーベル「人格OverDrive」から代表作『悪魔とドライヴ』をはじめとする8冊の小説を刊行。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにてウェブディレクター・佐々木大輔氏から「注目の『セルフパブリッシング狂』10人」に選ばれた。

ヘリベマルヲの本


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